Thursday, July 23, 2009

在ブルキナ日本大使到着

7月17日。

1月に業務を開始した在ブルキナ日本大使館に、とうとう大使が来られました。

それを記念して(か?)、大使館でレセプションパーティが開かれ、JOCVも全員招待されました。

皆、おめかし☆

約100名くらいいたと思われます。

大使です。

会場には、なんと・・・!

でっかいエビののったお寿司がぁっ!!!

新鮮な魚介類のないブルキナにる隊員皆は、もう興奮!

つい写真撮っちゃいました(笑:日本人典型)

それから、隊員を代表して3名が活動紹介を行いました。

感染症対策隊員@テンコドゴ(Tenkogodo : ブルキナ中央部)

野菜隊員@ドリ(Dori : ブルキナ北部)

村落(都市郊外)開発普及員@ボボ(Bobo-Dioulasso : ブルキナ南西部)

皆さん、各々の会話が弾んでいたようで、マイクを使いましたが、私の説明は誰にも聞こえてなかったのではないかと思われます…。

それでも、発表後、私と同じ分野で今年末から北海道大学とブルキナの水・衛生管理専門の大学の共同で行われるプロジェクトの事前調査で来られた方と、とても建設的な意見交換ができ、やってよかったと思いました。

これから、大使館ができたことによって、日本のプロジェクトも増えていくのでしょう…。

それらが実りのあるものになることを願って…。

Wednesday, July 15, 2009

木を植えよう!

7月11日@ボボ近郊の4つある指定森林の1つ。

ボボ市長、Hauts-Bissins地方防衛長官(?)、環境・生活環境大臣の在席のもと、

この地方での今年の植林キャンペーン開始式典が開かれました。

上に挙げた方々の公的スピーチ後、

皆で植林。

男性も。

女性も。

この地方で森林・天然資源保護に関わるプロジェクト技術顧問も。

ヨーロッパ人も(プロジェクトの1人)。

日本人も。

この日、何人の人が参加したのだろう…

ざっと1000人くらいか…

今年、ブルキナ全国では、1100万本を植える予定だそう。そのうち、私のいる地方ではその1割、100万本。

植えるのももちろん大事。

でもその後の手入れ、管理がもっと大事。

10年後、この地域がよりミドリに覆われていることを願って…。

Monday, July 6, 2009

バカンス!

6月3日から18日まで休暇をとり、フランス旅行に行ってきました。

バカンスの始まりは波乱万丈…

本当は4日発だったのに、航空会社がフライトをキャンセルし、3日発か6日発しかないと出発2日前に旅行会社から連絡…。

5日夜から7日にかけてパリで母親と落ち合う約束をしていたので、選択肢なし。

急遽1日早く出発することに。

急ぐとやっぱりダメですね…笑

旅行中に使おうと思っていたユーロの現金、全部家に忘れていってしまいました。気づいたのは空港についてチェックインを待つ間、財布の中身を変えようとした時…。

「旅行できない…」と焦りました。

でも幸運にも、クレジットカードを別の財布に入れカバンに入れていたので、パリ到着後、ATMからすぐにお金をおろし、まずは1安心。

そして一緒に旅行する予定だった友人がパリにまだ来ていなかったので、その友人の友人が、観光客ではなく、パリジャンがいる地区をチャリで案内してくれました。

バーの一部で演奏するミュージシャンたち

公園で読書や会話を楽しむ人々

散歩する老夫婦

市場

今までみたパリとは少し違っていて、もっとパリが好きになりました。

緑のカーテン(建物内を冷涼に保ってくれると最近話題...)

それから、人から譲ってもらったフランスの携帯電話チップが使えない、母親携帯紛失、迷子騒動、帰国のフライトもキャンセルされ3時間早い便に変更など...

それでもなんとか15ヶ月ぶりの再会を果たし、2日間パリの超観光地めぐり。

それからは、ボボで知り合いもうフランスに帰国していた友人と車でフランス西海岸をボルドーまで下る旅へ。

二人とも海のないブルキナにいたために、海と魚介類が恋しくて仕方なかった!

高速道路ではなく、なるべく海に近い国道を使いながら、6日間ドライブを楽しみました。

@St-Lazaire : Bretagne(ブルターニュ地方)

海!!!

無農薬野菜と新鮮な魚介類を堪能☆

自然な塩栽培

@Rochelle

皆さん、本を読みましょう。(突然外壁の一部にこんな彫刻があったり…)

@St-Emilion(この子のおじさんがワイン生産としており、素晴らしいお家に泊めてもらいました)

ヨーロッパ最大の砂丘。

頂上からは、180度青々とした森林

その反対の180度、澄んだブルーの海

なんという素晴らしい眺め!

日光浴…になってない?!

St-Emilionは町全体がUNESCOに登録されており、中世の建物や面影がいたることろに残っていました。日本では見られない風景。

日本の田園のように、この地域はワイン畑に囲まれていました。

彼女とはここで別れ、私は電車でちょっと足を伸ばしてバルセロナへ。

3年前初めて行ったときは初日に財布を盗まれ、痛い思いをした街。

でも街の雰囲気がとても良くどうしても戻ってきたかった…。

今回は日本で知り合い、数年前からバルセロナで暮らしているポルトガル人の友人が迎え入れてくれました。

初日は彼に何度も「注意して」と言われ…。

気づくと3年前の教訓をすっかり忘れて、日本あるいはブルキナの感覚で注意を怠り…。

2日目からは、だいぶ慣れ、街角の小さなお店に立ち寄りながら、面白い(興味深いと言った方が適当か?)建築スタイルの建物を見ながら、街中を歩き回りました。

パエリアにロブスター(左下はし)!!!(この日はこのたっぷりな昼食の後、超満腹で翌日まで食欲でなかった…)

ビーチにももちろん行きました。すでに海水浴、日光浴客でにぎわっている。(6月ですよ、まだ)

彼の家では、ルームメイトのスペイン人2人とイタリア人1人とも、英語やスペイン語・イタリア語(ゼロに近し)で会話。面白かった。

カタルーニャ地方の伝統的ダンス(らしい)。広場で大勢踊ってた・・・。

またパリでは、この他に3人もの友人と再会することもでき、本当に充実した旅行でした。

しっかりリフレッシュして、後約1年、また仕事頑張るぞ-!

Monday, June 8, 2009

一段落

コンポスト講習会最終日:5月末

第3回の対象者は総勢70-90名でした。

最後は皆で集って、講習会の評価や反省をし、コンポストの実際の使い方を畑で示そうとカウンターパートと相談。

1団体10名程度でも、時間通りに正しい場所に集ってもらうのが大変なのに、また野望を抱いてしまいました…笑

一番心配だったのは「雨」…

一度雨が降ると、女性たちは会議の時間にはもう降っていなくても、家から出ないと自己判断することも多々…。

案の定、朝方6時から1時間ほど雨が降る・・・

会議開始は8時。

何とか来てくれることを願い、現場8時到着。

いたのは4名…。

やっぱり…。

忍耐強く待つこと1時間。

ボチボチ現れ始め、もう強行開始。

ごみ処理の必要性、関連する病気の復習、全体の講習会構成の反省と改善点をし、

その後、一番近くにある参加者の1人の畑でコンポストのいくつかの使用方法を実践。

皆で彼女の畑の一部を耕しました。

彼も参加(笑)

最終的に60名弱が参加してくれました。

後は、一人ひとりが雨季の始まりとともに自分の畑で同じように実践し、8-9月の収穫時期に、その成果の報告会を開く。

良い結果が出るといいなぁ…。

そして10月頃には、私がいなくなった後も彼女たちでコンポストを普及して行ってもらえるように、普及員研修を予定。志望者を募ったところ、各団体から最低1名は名乗り出てくれました。(嬉しい…)詳しいことはまた今後ゆっくり考えよう。まずは今年の耕作が優先!

でも、心配はまたまた「雨」。

5月に1週間どっと雨が降り、今年は雨季開始が早いぞっと皆言っていたのに、その後ぱったり雨は止み…。

最近も3日に1回ペースしか降らない…。

大丈夫かなぁ…。

Thursday, May 28, 2009

結婚式

コンポスト講習会に参加している1人の女性の娘さんが結婚するということで、

初めてイスラム教の結婚式に少し参加しました。

招待してくれた女性。(しれっと後ろに男の子がばっちりカメラ目線…笑)

イスラム教の結婚式は木曜日に始まり、3日間続きます。

私が行ったのは木曜日午後。

大勢の女性たち「のみ」が、カラフルな衣装を着て、

輪になって

歌って、

踊って、

新婦の家族に、お金や贈り物を渡し…

私は何を持っていけばよいのかわからず、同僚に相談すると、

新しい家族を築くのだから、お皿や服を作る布が一般的、

と言われ、布をプレゼントすることにしました。

新婦はと言うと、家の中の一室で、白いベールをかぶり、若いもう一人の女性と一緒に静かに座っている…。(写真屋さんはいましたが・・・)

新婦は主役だけれども、外に出て他の女性たちと踊ったりはしません。

訪れる人たちから祝辞や贈り物を部屋の中で受け取り、

確か3日間ずっと家の中にいるんだったと思います。

新婦の家には男性は1人もいませんでした。

日本とはとっても違いますね。

私はもちろん外で、知らないおばちゃんたちと一緒に歌って、踊っていました…。

2人ずつどちらがより長く踊り続けられるか大会。

子供たちもおめかしかわいかった。

Thursday, May 21, 2009

ごみダメ!

3月、Evangélique IIのディレクター(校長)から

「今年度学年末の終了パーティで環境をテーマにちょっとした演劇を披露して欲しい」

と頼まれました。

テーマは何にしろ、演劇は、効果的な啓発方法の1つとしてよく使われます。

しかし、私は自分で演じるのも好きじゃないし、脚本&演出なんて…と最初は迷いました。

ただ、活動を始めたばかりの頃、色んなことを知ろうとYANTAの活動は出来る限りなんでも見に行っていました。その中で、女性の権利や環境(森林)保護をテーマとした演劇グループがあり、プロの演劇指導チームの下練習するのを何度か見、実際に少し参加もしていました。

また、ブルキナの子供たちは演劇を小さい頃から見たり、やったりしているから、彼らに大半を任せても大丈夫、と他の先生に言われ、やってみることにしました。

道のりは平坦ではなかった…。

担当している4つのクラスの生徒が同時に時間があるのは、授業のない毎週木曜日午後のみ。

ただしその時間に学校に来るためには親の許可を得ることが必要。

そこでまず各クラスで希望者を募る。大半が手を挙げる…。

校長先生に人数分の登校許可申請の紙を作ってもらい、生徒に配布。

最初の木曜日、来たのは20名程度。

いつもの授業のようにまとまらず…。

すぐに教室から出て行ったり、他の友達とおしゃべりしたり、途中から突然参加すると言って来たり…

とりあえず即興で2グループ作り、環境関するテーマを自由に選ばせ、シナリオを作り演じてもらう。

2グループとも選んだのは「森林伐採禁止」。

もっとも典型的テーマ。しかし、内容は町ではなく、村で起こる。その方が面白いと。

私は、彼らの生活に直結した内容のものにしたかった。

しかし、彼らの意思を尊重し、翌週内容を深めることに。

2週目。

先週来た子達の半分がいない…

2グループを再構成することに。

内容は先週と同じもの。しかし半分以上が新メンバーで上手くいかない…。

本当にやるつもりなら、毎週来るように約束。

3週目。

外でチーム対抗のサッカー練習試合あり。

外の演劇の練習に来た子達も注意散漫。

応援と歓声で、何も聞こえない…。

ダメだこりゃ…。

4週目: 私は参加できず。自分たちでちゃんと練習するように言っていたものの、結局大半は来なかったらしい…

5週目。

私も含め、皆のやる気に陰が…

来たのは1週目から来ていた10名程度。

思い切って、メンバーを彼らに制限し、テーマ再考。

「森林伐採禁止」と「ごみ問題」が候補に。

実は私は最初から「ごみ問題」を取り扱いたかった。

というのも、彼らの日常生活に直結する問題で、観客(他の生徒)にもメッセージ性が強い。

強制はしませんでしたが、チーム内の多数決(民主主義)で「ごみ問題」に!

構成はすばやく決まり、練習開始。

以前YANTAの練習を見ていた経験を元に、

‐大きな声ではっきりと

-大きな(大げさくらいな)身振りで

‐正面にお尻を向けない

を繰り返し指導。

6週目。

彼らは演劇に慣れているものだと思っていたため、台詞も書かず(強制せず)、任せていたところ、彼らの方から書いて欲しいと要望。

「監督(全体指揮)」に任命した子と一緒に作成。

7週目。

台詞を見ながら練習。

来週までに覚えてくることに。

8週目。

皆ちゃんと記憶してきてくれた!

デジカメで録画し、声の小さいこと、ジェスチャーがあまり見えないことを彼ら自ら確認。

繰り返し練習。

9週目火曜日。

一連の環境教育の報告書を提出するために学校へ。

掲示板に学年末パーティの日付が…。5月18日18時半…

今日…

1ヶ月ほど前から、祭りはいつだと、校長先生に尋ね続けていたのに、知ったのは結局当日…。

すぐに休み時間にメンバーを集め、昼ごはんで家に帰った時に、衣装と必要な物を午後の授業に持ってくるようにお願い。

そして夜。

「(通常のブルキナでのイベントのように)時間通りには始まらないだろう・・・」と高をくくり、18時45分頃に着くと、マイクから「ごみ」、「ごみ」と聞こえてくる…。

もしや・・・!

遅かった・・・

時間通り始まり、プログラム2番目だった彼らの寸劇は、最後の場面…。

指導者として失格でした…。

本当に申し訳なく感じました。

校長先生は、「子供たちはしっかり話していた。よかった」と言ってくれましたが、私としたことが!

ちゃんと衣装を着、中には顔にチョークで化粧をした子も。

最後しか見れなかったけど、彼らが立派に見えました。

これで、本当の意味での私のこの高校での環境教育が終わりました。

終わりよければすべて良し…

ちなみに寸劇の内容:

ある家族は家の前にごみを毎回捨てています。

それを飼っていたヤギたちが食べ、死んでしまいます。

死んだヤギの肉は、お隣の家族におすそ分け。

それを食べた隣人の娘がお腹を壊します。

彼女を病院に連れて行くと、とても高い診察料(50,000フラン)を請求され、父親は「今月生活していけない」とぼやきます。

そんなところに、賢人2人が通りかかり事情を聞きます。

病気の原因がごみにあることを、ごみ捨て場で、そのごみを捨てた当家族もいる前で説明。

投棄されたごみは、病気を蔓延させ、間接的にも(ごみを食べた家畜の肉を食べることで)結局人間に影響がある。

ゴミ回収を頼むのは月1,500フランと1度の診察料あるいは薬代よりはるかに安い。

市場に行くときには、袋を持っていきましょう。

道沿いに食べ物を買いに行くときは皿を持っていきましょう。

プラスチックの袋は使うのを出来るだけ避けましょう。

最後にその捨てられていたごみを皆で拾って、終了。

5分という長さの中で、よくできていたと思います。

皆お疲れさま!

Friday, May 15, 2009

終了

先週、市内の高校で行っていた環境教育を終了しました。

学校はもう今週で終わり。

最後の週に彼らがどれくらい私の授業を理解してくれていたか小テストをし、そのテストの最後に私の授業の仕方、内容を評価してもらいました。

初めての「環境教育」の授業は大半の生徒にとって、いつもの授業とは違い、楽しかったよう。

内容はとてもわかりやすい、易しすぎたかなと思う時もありましたが、多くのことを学んだというコメントが多くありました。(お世辞かもしれませんが…)

中には、森林官の出張講義や、私の授業を通して、将来、環境を守る仕事に就きたいという生徒も。

また自分が学んだことを、自分の年下の兄弟姉妹に教える、

ごみをポイ捨てする友人に注意をする勇気をもてるようになった、

なんて、嬉しい意見もあり。

この4ヶ月の環境教育がただのお遊び、あるいは「見知らぬ外国人(白人)が来て、何か話してる」で終わらなかった、やってよかったと思いました。

ただし、厳しいコメントも。

他の生徒たちがおしゃべりしていて、私の言っていることが何も聞き取れなかった。

私のフランス語の発音、話し方に聞きなれず、理解できなかった。

グループワークが嫌だった。など…

この4ヶ月、私も多くのことを学びました。

先生の経験が全くない私にとって、とてもいい経験でした。

毎回の授業で、静かにしない生徒たちに、必ず1回は、怒っていた私。

今回指導する立場に初めて立って、自分が小さい頃、先生に迷惑をかけたこと、不親切な態度を取っていた自分を今更ながら、反省してます。

やはり自分は教師には向いていないかな、とも思いました笑。

来年度この学校で続けるかはわかりません。

というのは、私1人で授業をしても、今後(2010年以降)の「継続性」が確保できないし、何より、80-90人のクラスをコントロールできません。

また私の配属先の1つ上の地方局がボボ市内の学校で来年度環境教育を始めるようなので、1人プレーではなく、チームの一員として、特にこの4ヶ月の自分の経験を他の環境局職員のスキルアップに少しでも貢献できたらと思っています。

「エコ市民」の条件を発表する子供たち

とにかく、この4ヶ月の授業が、少なくとも子供たちの心に残り、実際に学んだことを行動に移してくれたらと願います。

願わくば、彼らの家族、友人、将来の自分たちの子供たちと知識を共有してくれたら、最高です!